古い物語のように。
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すっかり、ご無沙汰してしまいました。悦郎本発売後、余韻に浸る暇もなくすぐ次の波に呑み込まれてしまい、ありがたくも気持ちにまったく余裕がない日々を送っておりました(そして、今もまだ脱出できていません……)。そんな中、これだけは書いておきたいのが、埼玉の別所沼畔にある「ヒアシンスハウス(風信子荘)」のこと。悦郎本をつくるにあたって、何度か足をはこんだのが、先生が毎年2回個展をされている埼玉の「あるぴいの銀花ぎゃらりー」。

合わせて、同じく埼玉にある立原道造ゆかりのこの場所にも足をのばしてみたのです。詩人であると共に建築家でもあった道造が、24才で夭折するすこし前に夢見た週末ハウスを、残された設計図を元に建てたもの。こんなところで、思う存分に本を読んだり、手紙を書いたり、お茶を飲んだり、水辺で遊ぶ鴨を眺めたり……そんな自分が自分で在るための静かな時間を持てたなら……そんな憧れをかきたてられる場所でした。



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道造が「頭の上の空の色よりすこし青の強い色だ」と表現した水の色。本当に、その通り! ヒアシンスハウスは沼のほとりではなく実は公園の中に建っているのですが、すぐそばに別所沼が。まるで外国みたいな風景。柵など何もないことに驚きつつ、早朝の澄んだ空気の中、お散歩しました。
道造が生きた1937年(昭和12年)は沼のそばに葦が生い茂り、今よりもっと静寂と孤独にみちた場所だったそう。まさに、詩人が思索にふけるのにぴったりだったのでしょうね。まだ空想している段階なのに、「ヒアシンスハウス 別所沼畔」と印字した名刺をつくって友人たちに配っていたというエピソードがなんともかわいらしい。

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中はこんな感じ。つくりつけのベッド、机、キッチンなどが小さな空間にとてもうまくおさまっています。鎧戸についているのと同じ、クロスのマークが室内にある椅子にも! 小さな本棚もあって、ランプと共にたくさんの本が並んでいました。古いワインのボトルも。さっきまで道造がここにいたかのような室内です。ブルーグレイのベッドカバーも、いかにも道造が選びそうな色合い(笑)。記念碑には、道造のこんな言葉が引用されていました。

「僕は、窓がひとつ欲しい。あまり大きくてはいけない。そして外に鎧戸、内にレースのカーテンを持っていなくてはいけない。窓台の上には花などを飾る。リンドウやナデシコやアザミなど紫の花ならばなおいい。そしてその窓は大きな湖水に向いてひらいている。僕は室内にいて、栗の木でつくった凭れの高い椅子に座ってうつらうつらと睡っている。夕ぐれが来るまで、夜が来るまで、一日、何もしないで。僕は、窓が欲しい。たったひとつ。……」
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持参したのは、熱狂的な道造ファンという魚喃キリコさんが挿し絵を描いた詩集、『僕はひとりで夜がひろがる』(PARCO出版)。背にあるピンクの糸かがり綴じをあえて剥き出しのまま見せるという、乙女心を打ち抜く装幀になっており、中ページのわらばんしのような紙質といい、思春期の輝きをとじこめた申し分なしの一冊です。編集者によるあとがきにあった、「喫茶店で待ち合わせ道造のことを話す私たちは、まるでアイドルに夢中の女子高生のようだった」という一文がとてもうらやましかった。ラストに収録されていた「メヌエット」という詩が、すべての道造作品の中でいちばん好きです。
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by interlineaire | 2012-04-05 14:51 | Comments(0)
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